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信仰

何事も均衡だとは思うのですが、
信疑も均衡が大事なんですかね?


宗教って、生き方のマニュアル化
みたいなところがあるじゃないですか?

この宗教を信じよう!って心に決めたら、
もう何も疑う必要が無くなりますよね?
信じるべき物がハッキリするんですから、
それ以外は疑うまでもなく間違いになります。

何も疑わない生き方、
凄く楽だと思いませんか?
僕は凄く楽だと思います。

何かを疑うことって、
凄いエネルギーを消費するんですよね。
そのエネルギーを他の事に回せれば、
人生が変わるような…なんかそんな気が。

でもマニュアル化された仕事って、
楽だけど続けるには工夫が要りますよね。
その工夫さえ出来るのならば、
マニュアル化された人生…いいかもしれない。

コメント

疑わないで飲み込むのはとっても楽です。
僕も大好きです。
信じる疑うはバランスというか「ポイントを外さない疑い方」だろうね。
やっぱり頭を使うことからは逃れられない。

みっきーと名乗るべきだろうか?

宗教は生き方のマニュアル化。
うん、確かにそうかも。
そして死に方のマニュアル化。
でも選ぶのにも選ばないのにも、
気をつけないと危ないぞ!

仕事の話に限って言えば、
マニュアル化された仕事の中で、
どれだけ工夫するかって結構楽しかったりする。
(少なくとも私は)

つか小説初コメントありがとう!?

as you like

> うっかり無記名さん
「ポイントを外さない疑い方」会得したいです。

でも、会得するためには、
疑いまくって疑いまくって疲れ果てて、
それでもめげずに疑いまくるしか無い気がします。

そうした徒労の果てにしか、
会得できないもののような気がしますね。

頭を使う事からは逃れられないのかっ!!

> ヴィクターさん
「生き方=死に方」ですね。
リンクしてもいい?

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